近年、自然災害の増加や首都直下地震などの発生確率上昇により、地域防災や共助の仕組みの重要性が高まっている一方で、専門家からは「地域ごとの事情を無視した対策では、災害時に十分機能しない恐れがある」という指摘が出ている。特に孤立しがちな都市部では、住民同士のつながり、つまり「コミュニティ」がいざという時に重要とされるが、その具体的な育み方については明確な方策が見えにくいのが現状だ。
こうした状況に対し、NTTデータ経営研究所らは、災害時の人々のウェルビーイング向上を目指し、「コミュニティダイニング」という取り組みを行っている。これは、単に災害時の食料を提供するだけでなく、食を通じて人々の心と心をつなぎ、困難な状況を乗り越える力を育むというものだ。このコミュニティダイニングの考え方を体現する料理人がいる。新納平太氏だ。
「美味しい」が繋ぐ心の絆。料理人・新納平太の五感で味わう共感
「僕の料理は、単に空腹を満たすだけではありません。盛り付けの美しさ、そして何よりも『美味しい』という感動を通して、人々を繋げたいんです」。新納氏はそう語る。温かい料理を囲み、語り合う時間そのものが、連帯感を生み出す。その信念のもと、新納氏は日々の料理と向き合っている。
「料理の本質は、五感で感じること」。新納氏は続ける。「厳しい自然と対峙し、生き抜いてきた人類が本能的に培ってきた感覚です。狩猟や農耕の時代から、食は命に直結していました。家族や仲間と分かち合う食事が『美味しそう』だと感じる最初の情報は、生存のために何よりも優先されたはずです」。
災害時の炊き出しも、例外ではない。「いや、むしろ、そのような時だからこそ、『美味しい』は不可欠だ」と新納氏は語る。能登半島地震での支援活動を通して、彼は改めて確信した。「ありきたりの食事をただ配るのではなく、食べる人の心に寄り添うこと。それが、困難な状況を乗り越える力になるんです」。この「五感で味わう」体験こそ、防災において見過ごされてきた重要な要素なのかもしれない。
水と食料を最大限に活かす。災害時における革新的アプローチ
新納氏の革新的な取り組みを示すエピソードがある。都内の自治体から、有事の食事提供を依頼された際、関係者が2~3品の簡素な食事を想定する中、新納氏はなんとフレンチのコース料理さながらの9品を用意したという。「能登や秋田の被災地で、食事がもたらす心の重要性を肌で感じてきたからこその決断でした」と新納氏は振り返る。さらに、調理は未調理の状態から2時間以内という制約付き。そこで彼は、日本の政治経済の中心である霞が関で、『焚火』調理を敢行した。常識を覆す発想で実現した焚火調理は、参加者に大きなインパクトを与えたという。
新納氏の活動は、技術的な工夫にも及ぶ。先日行われたコミュニティダイニングのテーマは、災害時の炊き出し。そこで紹介されたのが、湯煎調理、通称「ポリ袋調理」だ。「目の粗い丈夫なポリ袋に、米、野菜、肉など、あらゆる食材を入れ、口を縛って湯煎するだけ。この方法なら、貴重な水を繰り返し使え、洗い物の手間も省けます」と新納氏は説明する。能登半島地震で水の復旧が遅れた地域での経験が、このアイデアの基盤になっている。このような実践的な知恵こそ、災害時に人々を助ける力になるのだろう。
食材の選び方にも、新納氏の経験と創造性が光る。「長期保存可能なアーモンドミルク、乾燥野菜の出汁、ポン菓子。もちろんそれらも重要ですが、普段から冷蔵庫にあるものでも美味しい防災食は作れます」と新納氏は言う。冷蔵庫に残りやすいコンソメと、ニンジンやジャガイモなどの根菜を組み合わせたレシピも提案する。「防災を特別なものではなく、日々の暮らしの延長線上にあるものとして捉えることが大切です」。彩り豊かな食事は、目からも楽しみを与え、防災への意識を高める。日常と災害を繋ぐ視点を持つことこそ、持続可能な防災につながるのかもしれない。
タンパク源の確保も、災害時には重要な課題だ。「山間部に生息する鹿肉は、貴重なタンパク源になります」と新納氏は言う。「動物性タンパク質の摂取を避ける人々がいることも理解していますが、『家畜の肉』とは異なる『山の肉』という選択肢を示すことで、食の多様性を尊重したい」。焚火で燻製された鹿肉は、滋味深く、記憶に残る味わいだ。「一口食べれば、体が求めるエネルギーが満ちていく感覚を覚えるはずです」と新納氏は語る。地域資源を活かす視点も、これからの防災において重要になるだろう。
食がつむぐ復興への道筋:コミュニティにおける食の役割
炊き出しの段階が過ぎ去った被災地では、地域コミュニティに残る人々との温かい交流が重要になる。「地元のお母さんたちと一緒に料理を作る時間は、本当にかけがえのないものです」と新納氏は言う。「未来への希望を語り合い、過去を振り返る。共に手を動かし、温かい料理を完成させる経験は、悲しみを抱える人々の心を癒します」。彩り豊かな食事を皆で作り上げる過程は、時間を共有し、前向きな人間関係を築く活動そのものだ。食卓を囲む時間を通して生まれる心の繋がりこそ、困難を乗り越える力になるのだろう。
新納氏のコミュニティダイニングは、すでに形になっている。能登半島では、2024年1月の震災、そして9月の豪雨災害の際にも、現地で炊き出しなどの支援活動を継続してきた。「能登での経験は、私たちにとって大きな学びです」と新納氏は語る。「そこには、もちろん新たな課題もあります。しかし、被災地の人々と膝を突き合わせ、共に食卓を囲む中で、希望の光を見出しています」。能登での実践は、コミュニティダイニングの可能性を示唆している。
新納平太氏の活動は、単なる料理提供にとどまらない。食材の調達から調理方法、そして食卓を囲む時間まで、すべてをデザインすることで、人々の心と体、そしてコミュニティを健康にする。災害時のみならず、日々の暮らしにおいても、「美味しい」という感動を分かち合い、共に生きる喜びを分かち合う。コミュニティダイニングは、そんな未来を予感させる考え方なのかもしれない。
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